日本大好き、昭和大好き。麦の子ブログ。

[昭和レトロ記事満載!!]生まれた日本、育った昭和の時代を見詰めた自分探しの旅へ。

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[昭和54年]宮崎美子「今の君は ピカピカに光って」ミノルタX-7。

ミノルタX-7

小学校の帰り道、小さな商店街の露地裏に、レンズ工場がありました。
傷や規格外で除外された不良レンズが、工場の片隅に山と積まれています。
友達のお父さんがそこに勤めていたこともあり、
時々、工場の敷地内にこっそり入っては、キラキラ光るレンズを物色したモノです(汗)
厚みの違う凸レンズ、瓶の底より凹んだレンズ…
レンズ越しに見た世界は、まさに別世界です。
子供だった私の目も、きっとキラキラしていたに違いありません。
「好きなのがあったら、持って行って良いぞ。ただし…
太陽だけは、見ちゃいかん。その約束が守れるなら、持って行け!!」
子供にとって、ビー玉も含めガラスと言うのは、
どこか不思議な世界への入り口だった気がしますね。


レンズはカメラの命。その光学技術の高さ故、日本は世界シェアを握っています。
しかし、元々カメラやレンズのような光学技術は、ヨーロッパ諸国の方が最先端です。
ライカ・ハッセル…レンズで言えばツアイス等、日本より優れたメーカーは存在します。
なのに何故、日本のシェアが上なのか?
特にドイツ製のカメラを愛したのは、プロのカメラマンたちです。
高性能を追求した結果として、価格が跳ね上がっても、プロには需要はあります。
日本製の優れているところは、品質を高次元で保ちつつ、精密な量産技術で、
プロ以外の多くの人々に、カメラを提供し続けた事でしょう。




1979年(昭和54年)3月。ミノルタX-7発売。
プロ専用機のような一眼レフカメラが、手に届く価格で発売されました。
1980年から放送された宮崎美子さんのCM「今の君は ピカピカに光って」は、
今の時代にパロディーにされる程のヒットCMとなりましたね。
キャッチコピーは「音楽を楽しむように撮ろう。」です。

同時期、オリンパスからは、高級機OMシリーズの廉価版OM-10発売。
タレントは、当時人気だった大場久美子を起用。キャッチコピーは…
「ク、クミコちゃん。キミが好きだと言うかわりに、僕がシャッターを押した。」
ペンタックスMV1発売。「シャッターの音が、僕たちの言葉だ。」
ニコンEM発売。キャノンAV-1発売。まさに1979年、1980年は、
小難しい一眼レフのイメージを払拭させるようなCMが、乱発されました。
そのお陰で、にわかカメラマンも増えたんじゃないでしょうか?(汗)

しかし…撮りたいものを見つけられない人に、
一眼レフカメラは、ちょっと時代が早すぎたかもしれません。

あれから、30数年。日本のカメラ・光学技術は、
レンズのように磨きをかけ続け、
更に電子技術の武器を手に入れて進化を続けます。

今や携帯・スマートフォンには、当たり前のようにカメラが付いています。
いつでもどこでも、手軽にカシャ!!そして、BLOGにアップ。

撮る事が、身近になった今だからこそ…
「音楽を楽しむように撮ろう。」のキャッチコピーが、現実的となり、
心に響くようになったと思いませんか?

子供の頃、覗いたレンズの世界は、不思議な世界でした。
しかし今、そのレンズは、私の目の前にあります。
眼鏡となって、現実の世界をくっきり見せてくれています(笑)

と、言いたいところなんですが…
人間本来が持ってる裸眼レンズが、ここのところ、どうも調子が悪いんです。
調整が利きづらくなってます…うぅぅ~老眼ですよね(汗)



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| 1979年(昭和54年) | 15:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[昭和54年]音楽を連れて歩こう!!SONYのウォークマン。

ウォークマン

60年代から70年代前半、娯楽の中心になりつつあったテレビも、
レコードに針を落とすステレオも、家の重要な一部でした。
家族が一同に集う場所に、ドカンと鎮座した家具調タイプの家電です。
スイッチを入れない時には、ご丁寧に、レースまでかかっていましたね(笑)

しかし、めざましい技術進歩と個人の多様化から、
70年代後半、電化製品の家具調タイプは、その需要を減らしていきます。
ポータブル化・コンパクト化がもたらしたモノとは…
「一家に一台から、一人に一台へ。」「家の中から、家の外へ」でした。


1979年(昭和54年)7月。SONYから初代ウォークマン・TPS-L2発売。
それまでの音楽機器には、録音機能は必需品でした。
しかし、ウォークマンはその常識を覆し、録音機能をバッサリ削ります。
まさに、音楽を自分のためだけに聴く人が、商品コンセプトでした。

そのウォークマンの人気を不動にしたのは、やはり「ウォークマン2」でしょう。
1981年(昭和56年)2月。ウォークマン・WM-2発売。
カセットテープレコーダーの延長線だった初号機のデザインを
「音楽を連れて歩く」というライフスタイルに併せて、
カジュアルなモノに変更します。選べるカラーも3色。ウォークマンは、大ヒット!!
誰もが欲しくて仕方がない商品だったのではないでしょうか?



その後も、オートリバース…FMチューナー…防水…等々の進化を続け、
1987年(昭和62年)、「新世代ウォークマン」として、WM-501発売。
重低音DBB回路、ヌードターボHiFi、アモルファスヘッドを搭載し、高音質化を図ります。
機能重視の進化から、音質重視の進化へ。

そのCMは、余りにも有名になりましたね。
新商品のウォークマンを手にした一匹のお猿さんが、まるで聴き惚れているかのように
うっとりとした表情で音楽を聴くさまが、当時の話題を掠いました。

そのお猿さんの名は、初代チョロ松…
「周防猿まわしの会」に所属し、大道芸に身を置く一匹のお猿さんでした。

しかし、あの人を魅了した、なんとも言えぬチョロ松の表情は、
何度リテイクしても出せなかったと言います。
CM撮影は、数日続き…芸の合間、チョロ松は、座り慣れた自分の椅子で待機します…。
そこで、リラックスし、ふっと、見せた表情こそ、
「進化した人間を連想させるたたずまい」と絶賛された、あの表情です。
多くのCM大賞を受賞し、そして、日本のみならず世界で注目を集めました。

機能押しの商品やサービスには、限りがあります。
大事なのは、使う人が、気持ち良いと思う心じゃないでしょうか?
気持ちが良いからこそ、
「愛される」という代名詞が付くのだと思います。


昭和の時代、ウォークマンは、若者に愛されました。
しかし、その後のウォークマンは、iPodの登場で敗北を帰します。
MD採用、厳格な音楽著作権管理、汎用MP3が使えない、CCCDでリッピング不能…。
使って気持ちいい心が、iPodに流れてしまいました。

方や初代チョロ松は、CM後人気者となり、その人気は衰える事はありませんでした。
1990年、猿まわしの現役から引退。
2007年1月14日、老衰により29歳8か月の生涯を閉じます。
愛され続けた初代チョロ松は、人間で言えば100歳の大往生でした。

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| 1979年(昭和54年) | 18:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[昭和54年]松田優作主演のハードボイルド??「探偵物語」

松田優作

岐阜で、人を馬鹿呼ばわりする時に「たぁけ~」と言います(笑)
子供の頃、何度も大人に言われたし、じゃれて友達に何度も言った覚えがあります(汗)
「たぁけ~」とは、「たわけ」の事。古事記や万葉の時代からある
「戯け」が方言になった言葉です。
俗説では、「田分け」と書いて、複数の子供が田畑を分け続ける事で、孫・ひ孫の代には
田畑はへり、資産が減っていく愚かな様を、洒落て当てた言葉とも言われています。

昔、この大たわけが、戦国の覇者となり天下統一を目指しました。織田信長です。
若き日、信長は「うつけ」「たわけ」と呼ばれて、家臣に疎まれました。
しかし、乱暴や狼藉を働く無法者と思われつつも、農民や側近たちは、
「歌舞伎者」と呼び、信長に共感と愛着を持っていたように思います。

歌舞伎者とは、異風を好み、派手な身なりで、
「うつけ」「たわけ」と見られがちですが、
どこか、内に秘めた器の大きさが計り知れない
そんな人間の事に思えてなりません。




1979年(昭和54年)9月。松田優作主演のドラマ「探偵物語」放送開始。
松田優作演じる私立探偵・工藤俊作が、様々な事件を捜査していくドラマでした。
松田優作の風貌や、主演映画「蘇える金狼」「野獣死すべし」を見てしまうと、
「探偵物語」をバリリバリのハードボイルド・アクションと想像してしまいますが、
いやいや…ハードボイルドな面もありつつ、コミカルなアクションと
台本なのか?アドリブなのか?分からない、
出演者との掛け合いが、独特の世界観を作り出していました。


そして、何より見た目ですよ(笑)当時、こんな格好の奴はいないよ~と思いましたね。
誰が見ても、街に溶け込まないマフィアのようなファッション(笑)
そして、タバコは舶来が珍しい時代に、ラクダのキャメル。
着けるライターは、1975年に発売され、浸透していた100円ライターではなく、
カルティエのライターで、それも常に火力全開(笑)
みんな真似して、一度は前髪を
焦がしたんじゃないでしょうか?


移動と言えば、ハーレーダビッドソンに乗ればいいものを、スクーターですよ(笑)
1976年、ホンダ・ロードパル。1977年、ヤマハ・パッソルの発売で、
主婦や女性層に50ccスクーターブームが起きていました。
しかし、探偵・工藤俊作が乗るスクーターは、150cc。
原付ではなく、中型自動二輪の免許が必要なんです。
そして、スクーターのメイカーは「ベスパ・P150X」。
名画「ローマの休日」で、グレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーンが、
ローマ市内を二人乗りした、あのベスパ(125cc・V30T)です。
150ccと言う中途半端さを感じつつも、ローマの休日のベスパですよ~(笑)

ブラウン管の中に居る工藤俊作は、「うつけ」「たわけ」とは違います。
「歌舞伎者」のイキの良さを感じて、見ていたのを覚えています。


時々、探偵物語の工藤俊作を真似するタレントがいますが、
ただ笑われているだけの、馬鹿馬鹿しさしか感じません。

松田優作という稀代まれな俳優がいて、成り立つ「探偵物語」でしたね。
松田優作演じる工藤俊作に笑わせてもらいもしました。
そして、あんな風に、人に笑われるのも格好いいよねぇ~。と、
思わせてくれる男でもありました。

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| 1979年(昭和54年) | 15:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[昭和54年]オリビア・ハッセーと「君は薔薇より美しい」

オリビアハッセー

越えられない壁と言うものは、人の心を暗い闇の中に閉じ込めます。
もがけばもがくほど…心は不安に取り憑かれ、
自分さえも否定する羽目になるものです


高校生になり、時代の流行を追う毎日を過ごす中で、先生は、
「テレビ・漫画ばかり見ず、たまには文豪と呼ばれる本を読め」と言います。
「何のために学校に図書館があると思っているんだ。」とまで言います(笑)

「なんで、授業と関係ない本を押しつけるんだ」
「図書館を作ってくれと、頼んだ覚えはない」と、
心の中で先生に反抗していましたね(汗)
難しい心理描写や情景を、難しい漢字使いと格闘しながら読むのは辛いものです。
その苦手意識が仇となり、壁となって立ちふさがります。
壁の前で地団駄を踏んでいるのは、結局のところ自分のせいであって、
先生のせいでも、学校のせいでもありません。
先生は、出来る可能性を信じて、
ほんの少しアドバイスしただけの事です。


ヘミングウェイ…トルストイ…ドストエフスキー…
悪気が無いと分かっていても、先生~いきなり「世界の文豪」は、壁が高すぎますよ(汗)
「だったら、あらすじと人が書いた感想文でも読んみろ」と先生。
なるほど~「これだったら、30分でできそう~」ニコッと笑う自分が居ましたよ。

1968年(昭和43年)3月。世界の文豪ランキングの上位を飾るシェイクスピアの
「ロミオとジュリエット」が、イギリスとイタリアの合作で映画化されました。



1979年(昭和54年)1月、「ロミオとジュリエット」に出演したヒロインが、
カネボウ化粧品CMに出演し、そのCM曲と共に話題になりましたね。
ジュリエットを演じたオリビア・ハッセーと布施明が歌う「君は薔薇より美しい」です。

ジュリエットを演じた時のあどけなさは消え、CMのオリビアは、美しかった~。
その好奇心が、「ロミオとジュリエット」に触れるきっかけにもなりました。

どんな理由にせよ。小さなきっかけで、
壁を少し…よじ登る事ができるなら
こんな素晴らしい一歩はありません。
愛しのジュリエットは、すぐそこです。


…目にみえない翼ひろげて
…確かに君は変った
…歩くほどに踊るほどに
…ふざけながら じらしながら

目に見えないような半歩の歩みでも、
踏み出そうとした人の顔からは、笑顔はこぼれるものです。

その笑顔を見た人は、きっと「薔薇より美しい」と思うに違いありません。

ああ 君は変った~♪と、
心配してくれたあの人が…喜んでくれますよ。


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| 1979年(昭和54年) | 15:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[昭和54年]甲斐バンドの「安奈」に理想の女性を見た。

甲斐バンド-安奈

男性漫画家の描く女性は、等しく理想の女性を極めたいと言います。
自分も、昔、漫画家になりたい夢を持っていました。
御多分に洩れず、わら半紙にBの鉛筆で描く女性キャラは、自分の理想への投影です。
しかしねぇ~技術が伴わないその絵は、とても魅力的とは思えませんでしたね(汗)

理想をカタチにすることの難しさを痛感しました。
何よりも、その理想は、時が経つほどに美化されていきます。

たゆまぬ絵を描く技術と感性の追求こそ、
理想に近づく唯一の方法です。


1979年。甲斐バンド13枚目のシングルとして発売された「安奈」を聞き直しました。
クリスマスソングとしても有名な一曲です。

当時、思春期、青春のまっただ中です。
「男は、強くなければいけない」と言われた時代です。
女の子は「○○子」のように名前に「子」が付いていた時代です。

甲斐よしひろの骨太の男らしい声から発する
「安奈」と言う名の「子」の無い名前の響き…。
仏壇にろうそくではなく、クリスマスキャンドルですよ(笑)

イメージは膨らみます。「安奈」って、いったいどんな女性だろう??



…………
安奈おまえの愛の灯はまだもえているかい

寒い夜だった つらくかなしい
一人きりの 長い夜だった
北へ向かう夜汽車は 俺の中の
心のように すすり泣いてた
そんな時おまえがよこした 便り
ただ一言だけ さみしいって つづってた

安奈クリスマスキャンドルの灯はゆれているか
安奈おまえの愛の灯はまだもえているかい
………
理想をカタチにするのは難しいものです。
しかし、甲斐バンドが歌う「安奈」には、
その理想の女性の印象を歌というカタチにした凄さを
聴き直して、痛烈に感じますね。


漫画家になりたかった少年は、社会に出て、
今、デザインという現場で生きる糧を得ています。

…おまえのもとに今 帰ろうとして
…今夜俺は旅を始める

聴き直して改めて知ったストーリー性のある歌詞。
サラリと流していたことをもう一度、確かめてみるって大事ですね。

たゆまぬ技術と感性の追求を…自分は、怠っていないだろうか?

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| 1979年(昭和54年) | 20:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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