日本大好き、昭和大好き。麦の子ブログ。

[昭和レトロ記事満載!!]生まれた日本、育った昭和の時代を見詰めた自分探しの旅へ。

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[平成05年]ウーピー・ゴールドバーグの「天使にラブ・ソングを」

天使にラブソング

仏語には、「六識」という言葉があります。
目で見ることで、色や形を識別する眼識。耳で聞くことで、声や音を識別する耳識。
鼻で嗅ぐことで、匂いを識別する鼻識。舌でモノの食感や味を識別する舌識。
手や身体で触れることで識別する身識。
人間が本来備わっている五つの識は、五感とも呼ばれ、
五感によって、考え思うことを意識と言うそうです。


学校で学ぶことは、子供が将来、生きていくための基盤を作ります。
目で見て感じて、絵や彫刻をつくる「美術」
曲を聴き、曲を奏で、歌を歌う「音楽」
身体を動かし、時に身体をぶつけ合う「体育」
みんなで、食を楽しむ「給食」の時間も、五感を高める立派な授業ですね。
五感は、本来人間が元々持ってる力ですから、個人差があり、得手不得手もあります。
それを補うのが、経験であり技術なのでしょうが、
私の場合は、小さな頃から漫画ばかり書いて、美術はいいのですが、音楽はダメ。
音痴のせいで、カラオケで歌うのも苦手の有様です(汗)あはは。

いつの頃からか…日本が、高度成長を始めた頃からでしょうか?
五感を高める事よりも、勉強の出来る子が、
人として優等生として見られる学歴社会が始まりましたね。


仏教では、五感を高め、思い描いた行動が善行を成す時「善知識」と言います。
知識とは、人として重ねるものであり、ただ蓄えるものではないようです。

そんな、ただ蓄える事に固執した教育からは、
蓄えるの事が苦手な子供達が、必然と「落ちこぼれ」と呼ばれるようになります。



1993年(平成5年)4月。アメリカ映画「天使にラブ・ソングを」日本公開。
ギャングの愛人で、しがないクラブ歌手・デロリス(ウーピー・ゴールドバーグ)は、
事件に巻き込まれたあげく、警察に保護されて、修道院に匿われる事になります。
尼僧として、堅苦しい生活に辟易しながらも、任された仕事は、聖歌隊の教育でした。

お世辞にも、上手いとは言えないその聖歌隊に、最初は戸惑いながらも、
厳格な修道院長の高圧的な態度にもめげず、聖歌隊は成長していきます。
その楽しい歌声は、落ちこぼれの少年少女達を無意識に教会へ導きます。
押しつけたところで、行くはずもない子供達を、教会に向かわせた力こそ「歌」でした。

落ちこぼれのクラブ歌手・デロリス…おちこぼれだった聖歌隊…そして子供達…。
「天使にラブ・ソングを…」の天使とは、
そんな落ちこぼれた人たちように思えてなりません。


落ちこぼれと決めつけるのは、きっと人です。
神の前では全てが天使なんだよ。と映画が問いかけてきます。

そして、映画のラスト…聖歌隊が歌う「I Will Follow Him 」を聴きながら
法王は、天使たちに大きな拍手で祝福し、映画は終わります。

学歴だけが人の価値を決める基準じゃない。
もともと、備わった五感のどれかに幸せを導き出せれば。
それが人として生きる糧となります。

あなたにとってのラブ・ソングは何ですか?

勉強嫌いで親を困らせた私は、今、デザインという世界で生活をしています。
私にとっての「ラブ・ソング」は、きっと、絵だったんですね。


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| 1990年代(平成元年以降) | 16:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[平成元年]日本GP直前、アラン・プロストのコメント

アラン・プロスト

ミハエル・シューマッハが、目標とし、
闘志をを剥き出しにしたのがセナだったように…
セナが、どうしても倒さなければいけない相手はアラン・プロストでした。
生涯4度に渡り、F1ドライバーズチャンピオンに輝き、通算51勝をあげた最大の壁。
そのドライビングスタイルは、徹底的なスムーズさです。
無駄を極限まで廃し、シフト回数、ハンドリング…燃費の良さ、タイヤの摩耗…
スロットルの踏み方ひとつに至るまで、完璧を求めたその走りは、
走行データが、如実に語っています。
人はプロストの事をプロフェッサーと呼んでいましたね。


1988年、1989年。セナとプロストは同じマクラ-レン・ホンダに籍を置きます。
チームメイトで身近に居ながら、もっとも強力なライバルです。
才気喚発で、果敢な攻めが、過激とも捕らえがちなセナに対して
冷静さのプロストとの間が、上手く行く訳がありません(汗)

1989年(平成元年)10月。日本GP直前にプロストはセナにコメントを出します。

…アイルトン・セナには、ひとつだけ問題がある。
…神を信じているから、自分は絶対に死なないと思っていることだ。
…この考えは、他のドライバーたちにとって非常に危険だと思う。

この言葉は、5年後にセナが亡くなる事を暗示しているかのように聞こえますね。
しかし、この言葉は、決して暗示では無いように思います。

セナが無謀でプロストよりもリタイヤが多いと錯覚しますが、
セナもプロストもレースの完走率は70%です。
燃料消費率は、プロストのわずか-1.5%。
パワーピークを拾うようにシフトアップするプロストに対して、
セナは、思いきって引っ張るシフトアップの差がマイナスになっただけ。



セナを身近で知る人たちは、セナに傲慢など思わなかったと言います。
ただ、ただ、そのひたむきなまでの姿勢が、
時に周りの人々の柔な心に、緊張を生んだのかもしれません。

あるジャーナリストは言います。
…セナは、F1関係者の間では、評判はよくない。
…しかし、彼はそんな評判などに興味はないし、超越したところで生きている。
…彼と友達になるには、少なくとも同等レベルでなければ話はできない。と。

その超越した姿を神と呼び、傲慢と呼んだのでしょうか?

ヒーローだったアイルトン・セナ。
彼はいつもスタートグリッドに立つと、心臓が飛び出るほど脈打ち、
頭が爆発寸前になったとセナ自身が語っていました。

…叶うなら78年か79年に戻りたい。
…何の制約もない、純粋にレースをしていた頃に。


ただただ、誰よりも速く走りたかった。
神でも傲慢な人間でもない。ただ速く…それが楽しかった。
周りは関係ない、それだけ…。ひたむきなその姿に、憧れます。

セナが亡くなって後、プロストがセナの人となりを語りました。
…セナが最も私を魅了したのは、彼が100%をレースに捧げていたこと。
…私の場合、98%くらいをレースに捧げているのだと思います。
と。

1~2%の差なんですねぇ~(汗)

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| 1990年代(平成元年以降) | 17:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[平成04年]ナイジェル・マンセルVSセナ。伝説のモナコ。

マンセル1992

自分に力が付いたかどうか?それを知るには、戦った相手を知る事…。
その敵が最強であればあるほど、自分もまた最強なのかもしれません。

前年、ワールドチャンピオンになったカーナンバー1のアイルトン・セナが、
1992年、ポテンシャルの上がらないHONDAエンジンに苦しんでいました。
この年を最後に、HONDAがF1の休止を発表。
不調のHONDAを尻目に、開幕戦から、
ウィリアムズ・ルノーのナイジェル・マンセルが破竹の5連勝を続け、
ただ者じゃない強さを見せつけていました。


続くは、モナコ、モンテカルロ。
モナコを知り尽くしたセナをもってしても、
マクラーレン・ホンダの劣勢は、目に見るよりも明らかです。
怪物的強さを見せるマンセルは、抜きどころの少ないモナコでポールポジション。
劣勢にありながらも、3番グリッドを握ったのは、セナの実力。

誰もがマンセルの勝利を疑わない状況で、レースは始まりました。
残り8周。トップを快走するマンセルは、空気漏れのトラブルに見舞われピットイン。
その間に20~30秒遅れで食らいついていたセナが、初めてマンセルの前に出ます。
しかし、セナのタイヤは限界でした。
ピットに入れば、マンセルの前に出る事はもう叶わないでしょう。
方やマンセルは、フレッシュタイヤ。あっという間に、セナを後ろに張り付きます。

右に左にセナを揺さぶるマンセル…。
コースを知り尽くしたセナを、容易に抜く事ができません。
手に汗握る名勝負は、ラストラップへ。
アナウンサーの絶叫が、その時の興奮を蘇らせます。




F1モナコGP1992年(平成4年)5月セナvsマンセル

…………伝説となったファイナルラップへ(フジテレビ実況)
三宅:「これから78周目。これから78周目。
    凄いレースになりました。凄いレースになりました。
    さぁ~ファイナルラップ。泣いても笑ってもこれが最後のラップ。
    78周目に入ります! 78周目に入ります!
    さぁ~259.584km。この戦いの果てには一体何が待っているのでしょうか?
    アイルトン・セナと…そして、
    ナイジェル・マンセルとの差はこれだけ。たったこれだけ。
    信じられないような、凄いレースになりました。
    さぁ~駆け下りていくアイルトン・セナ。
    アイルトン・セナ。念願の今シーズン初勝利か?
    ナイジェル・マンセルの開幕6連勝も…そしてルノーエンジンの初勝利も…
    モナコでの悲願のマンセルの初勝利も…ここで消えてしまうんでしょうか?」

…………モナコトンネル入口へ
三宅:「さぁ~」
今宮:「これは、接触しない限り抜けないですね。」
三宅:「え~。これはちょっと無理。無理のような感じがしますが…」

…………トンネルを抜けて、ヌーベルシケインへ
三宅:「さぁ~最後のチャンスだ!! 最後のチャンス!! 高速コース。どうか?」
    抜かせないセナ。セナ抜かせない!!
津川:「駄目だ!! 駄目だ!!」
今宮:「う~ん。押さえちゃいましたね。」
三宅:「ナイジェル・マンセル。勝利の勝利の灯火が向こうで、
    かすかに揺れて、今にも消えそうです。
    さぁ~シケインを抜けていった。アイルトン・セナ。やはりモナコでは強いのか?
    4連覇目前。アイルトン・セナ。4連覇目前。
    あぁ~このモナコの4連覇というよりも、この勝利は、
    マクラーレン・ホンダにとっては、大きな大きな意味があります。
    さぁ~これからラスカスに入る。ご覧の差。
    どんなにしても抜けない。
    ここはモナコ…モンテカルロ。絶対に抜けない。
    さぁ~ここでかわして! 最後の直線! 最後の直線!!
    さぁ~しかし…ここからの立ち上がりはホンダは速いぞ!
    ここからの立ち上がりはホンダは速い!!
    後ろから、マンセル…マンセルどうか?

    さぁ、ゴールイ~ン!!!!!!!!

    アイルトン・セナ。逃げ切った!! アイルトン・セナ。押さえきったぁ~。
    今シーズン初勝利。最後の最後…ギリギリいっぱいのところで、
    ギリギリいっぱいのところまで…
    このマクラーレン・ホンダのマシンは我慢しました。」

これぞモナコ。すさまじいデッドヒート。
一瞬もひるむことなく、セナもマンセルも全開で戦いました。
レースが終わり、マシンを降りたマンセルが、その緊張と疲労困憊の余り、
路面に座り込む姿が、その戦いの凄さを物語っています。

最強の敵を倒してこそ、人は最強と褒め称えるもの…。

モナコ・マイスターの名誉は、3勝を上げたドライバーを讃える称号です。
皇帝シューマッハは、伝説のグラハム・ヒルと並ぶ通算5勝。

アイルトン・セナは、5連勝を含む通算6勝。
今も讃えられ続ける最強のモナコ・マイスターなのです。

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