日本大好き、昭和大好き。麦の子ブログ。

[昭和レトロ記事満載!!]生まれた日本、育った昭和の時代を見詰めた自分探しの旅へ。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
fujisan.co.jpへ  ●にほんブログ村 BLOGランキングに参加しています。
 ●人気ブログランキングに参加しています。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

[昭和48年]「どてらい男」とは、痛快に勝つこと。商売の大事さを知る。

どてらい男

人は、付加価値を生み出し続ける生き物です。
しかし、付加価値だけでは、資本主義の社会は生きていけません。
付加価値を貨幣に換えなければ、生活さえままならないものですね。

デザインと言う世界にいると、グラフィックアートに拘るばかり、
夢や理想に入りすぎ、ターゲットである企業や消費者を忘れて、
自分の内なる世界に入り込み過ぎる人を見かける事があります。
とりわけ、駆け出しのデザイナーに良くあるパターンです。

商売の「商」の字は、商品のやりとり、契約。
商売の「売」の字は、得られた売上の事。

商品であれ、サービスであれ、発注された相手もしくは消費者に渡して、代金を得る。
代金を得てはじめて、自分の生活が出来、次の商品づくりが行えます。
まさしく、貨幣は経済の血液です。

私が、広告デザインの世界に見習いとして入った時、
不思議と広告がアートの要素を大事にしながらも、
経済活動のひとつだと、割り切れたのは、あるドラマの影響でした。



1973年10月より関西テレビで制作された西郷輝彦主演の「どてらい男」です。
故郷の福井から出て来た主人公山下猛造が、
大阪、立売堀の機械工具問屋に丁稚奉公に入り、
親友・尾坂と共に働き、商売の師たる大石将軍らに鍛えられて、
立派な商人(あきんど)に成長するドラマでした。

いや~このドラマを見ていた当時は、
未来がどうなるかさえ分からない小学生の子供でした。
問屋の主人や番頭からの執拗な虐めをハラハラしながら見ていました。
高視聴率に支えられ、戦後篇、激動篇、死闘篇、総決算篇とロングランのドラマとなりました。
中学の頃には、文豪の小説は2の次にして、花登筺の小説「どてらい男」を
少年週刊ジャンプ共々、読みふける…
なんとも頭の中がくちゃくちゃな少年でしたね(汗)

後に主演の西郷輝彦さんは、「どてらい男」が自分の芸能生活の
大事な分岐点だったと語っています。
また、「どてらい男」の面白さを、
…それまで花登先生のドラマと言うのは、細うで繁盛記にしても全部、
…耐えて、耐えて…耐えて勝つ主人公だったんですね。
…でも、初めてこの「どてらい男」は、
…耐えて耐えて…殴り返す。
…耐えて、殴り返して勝っていく。
…これが実に痛快でしたよ。…と。

確かに、その痛快さに心惹かれたのかもしれません。

そう言えば、ウルトラマンも、変身したらすぐ、スペシューム光線をバンバン出して、
怪獣をさっさとやつければいいのにと、思っていました。
しかし、怪獣と取っ組み合ってハラハラドキドキ…その内、カラータイマーがピコピコ。
ウルトラマンピーーーーンチ!!の瀬戸際で、スペシューム光線が炸裂です(笑)
「どてらい男」にヒーローを見ていたのかもしれません。

高度成長の時代、商売、経済で、日本はドンドン力を蓄えていきます。
オイルショックもなんのその…遮二無二に商売の世界で働くお父さんたちは、
子供たちのヒーローでしたよ。

関連記事
スポンサーサイト
fujisan.co.jpへ  ●にほんブログ村 BLOGランキングに参加しています。
 ●人気ブログランキングに参加しています。

| 1973年(昭和48年) | 20:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://kittomuginoko.blog.fc2.com/tb.php/12-a104634c

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。