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[昭和レトロ記事満載!!]生まれた日本、育った昭和の時代を見詰めた自分探しの旅へ。

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[昭和20年]この島を守る一日の重み。硫黄島の星条旗。

硫黄島

私は、乙女座です(笑)子供の頃、夏休みが終わりに近づく頃、
家族に、誕生日を祝ってもらいました。
もうすぐ、二学期が始まる時期の誕生日です。裏寂しい気持ちでしたね。
更に寂しい思いにさせられたのは、その前に終戦記念日を迎えるからです。

終戦から二十数年頃…。
当時、8月15日の終戦日に合わせて、多くの戦争映画や終戦特集が、
新聞記事欄やテレビ番組で放映されました。
戦争を知らない世代ではありますが、どこか戦争というモノを
文字や映像を通して、肌で感じて育ってきたような気がします。

しかし、そんな感傷的な事よりも、最悪な心配事は、
遊び呆けて、夏休みの宿題が、大半残っていることです(汗)
あれほど親に「大丈夫なの?」と言われながら、後回し後回しです(笑)
後、2日?いや…後1日、時間があれば…
と、幾つの夏休みを過ごしたことか…(泣)


終戦が半年後に迫る太平洋戦争末期、1945年。2月19日。

アメリカが5日で終わると思っていた戦争を
36日間、守り抜いた日本人たちがいました。


東京の南約1,080Km。東京都小笠原諸島に属する小さな島…硫黄島。
圧倒的戦力のアメリカ海兵隊が、硫黄島奪取のために上陸作戦を敢行。
同年3月26日。栗林忠道中将以下、最後の総攻撃を仕掛けるモノの玉砕。
36日間に及ぶ硫黄島の戦いは、終結しました。

太平洋戦争において、アメリカの戦死傷者が、日本軍を上回った最大の激戦地です。
深夜、この戦いを題材にした「硫黄島からの手紙」と言う映画を静かに観ました。



日本・アメリカ合わせて5万に及ぶ死傷者を出した硫黄島の戦いで、
その36日間の一日とは、どんな長さだったのでしょう…?
映画を観ながらそう思い続けていましたね。

今を生きる私の一日と、意味に違いはあるのだろうか?
映画の中で、渡辺謙が演じる栗林中将が叫びます。

我々の子供らが、日本で!!
一日でも長く!! 安泰に暮らせるなら、
我々が、この島を守る一日には、意味があるんです!!
と。

栗林中将が守りたかった一日は、
日本人が、一日と言う時間を長らえるだけの一日ではありませんでした。

同刻、アメリカでは、情報統制された日本とは違い、
硫黄島の戦いが、新聞を通して、日々刻々と報道されていました。
最強を誇った海兵隊員が日本軍に、次から次へと倒されている事実を
アメリカの人々は、正確に伝えられていたのです。
5日で終わる戦いが、まだ落ちない、まだ落ちない…まだ落ちない…
そして、36日後…硫黄島の摺鉢山の頂上に、星条旗が立ちます。

「硫黄島の星条旗」と呼ばれたこの写真は、
同年、権威のあるピューリッツァー賞・写真部門を受賞します。
そして、戦争に疲弊したアメリカ国民を高揚させるために利用されたのです。
星条旗を立てた6人の海兵隊兵士は、英雄となりました。
英雄として祭りあげなければいられないほど、
アメリカの人々は、日本人を脅威に感じたのでしょうね。

一日でも長く!! この島を守る一日には、意味があるんです!!

「硫黄島の星条旗」は確かにアメリカ国民の高揚につながったでしょう。
しかし、星条旗を結わえたあのポールは…
戦場にあった、日本軍が使用していた水道管でした…。

日本国民に…アメリカ国民に問いかけた一日の重み…
一日一日を大切にしたいですね。

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