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[昭和レトロ記事満載!!]生まれた日本、育った昭和の時代を見詰めた自分探しの旅へ。

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[昭和56年]世界でもっとも愛されたプリンセス・ダイアナ。

ダイアナ妃

心の有り様をカタチにするのは難しい…。
描いた夢が、カタチになれば、こんな幸せな事はありません。
伝えたい想いをカタチで見せることが出来れば、説得力は倍増しますよね。

1957年。ポール・アンカ(Paul Anka)の歌う「ダイアナ」発売。
自分が生まれる前の曲ですが、お願い!!分かってよ!!僕は君が好きなんだ!!…
「Oh,please…Oh,please…Oh,please…」の歌詞が、やたら耳に残ります(汗)
アンカの実弟のベビーシッターに、片思いをして綴った歌がこの曲です。
発売後、いきなりビルボート1位で、彼は一躍、時の人となりました。
想いが歌と言うカタチになった時、アンカの想いは、
そのベビーシッターに伝わったのでしょうか?



ダイアナと言えば、私の年代で忘れ得ぬ人がいます。
1981年(昭和56年)7月29日、英国のチャールズ王太子と結婚したダイアナですね。
彼女は、1961年生まれ。まさにドンぴしゃ!!同級生ですよ(笑)

それまでの英国と言えば、大英帝国と呼ばれた威光は失われ、
国のムードは停滞していました。プリンセス・ダイアナの誕生はまさに光り…。
結婚式の様子は世界中のテレビで放映され、8億人の目が釘付けになりました。
一介のサラリーマンに過ぎなかった私と比べるのもはおこがましい…(汗)
彼女はプリンセス、輝きが全然違います(泣)
「世界で最も愛されたプリンセス」と呼ばれました。

しかし、結婚生活は長く続かず、1996年8月に離婚。
常軌を逸したパパラッチの目に晒されながら、
ゴシップ記事が、彼女を一人の人間にする事はありませんでした。
どんな思いで、何を信じていたのでしょう?

Only do what your heart tells you.
(自分の心が、語ることだけをしてください。)

彼女はこんな素敵な言葉を残しながら、
対人地雷廃止運動やエイズ啓発活動に関わっていきます。

1997年8月31日。フランスのパリで交通事故によりダイアナは急逝します。
36歳、あまりにも若く、短い生涯でした。
プリンセスとして生き、一人の人間として生き、
彼女はどんな想いを伝えたかったのだろう?
私のように一介の庶民として生まれた方が幸せだったのでしょうか?
今となっては、聞く術はありません。

離婚後、ダイアナは定冠詞のない「Princess of Wales(ウェールズ公妃)」
を名乗ることを許されました。
死の直前、ダイアナの名を冠した薔薇が献呈されます。
苗木の売上の一部が、肺病の患者とその研究に使われ、
アメリカでは、発展途上国の基金に使われていると言います。
想いはカタチとなり、多くの人を救っているんですね。

一介の庶民の私でも分かるカタチを見つけましたよ。
ダイアナを調べたくて、称号の「プリンセス・オブ・ウェールズ」で
Google画像検索をしてみました。

検索された画面には…薔薇…薔薇…薔薇…一面が薔薇…
「プリンセス・オブ・ウェールズ」と言う名の薔薇の中に、
ひっそり…ダイアナの画像が検索されます。
思わず…Oh,Daian…と呟いてしまいました。
こんな心やすまる画面を見たのは、久しぶりです。

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| 1981年(昭和56年) | 17:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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