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[昭和54年]松田優作主演のハードボイルド??「探偵物語」

松田優作

岐阜で、人を馬鹿呼ばわりする時に「たぁけ~」と言います(笑)
子供の頃、何度も大人に言われたし、じゃれて友達に何度も言った覚えがあります(汗)
「たぁけ~」とは、「たわけ」の事。古事記や万葉の時代からある
「戯け」が方言になった言葉です。
俗説では、「田分け」と書いて、複数の子供が田畑を分け続ける事で、孫・ひ孫の代には
田畑はへり、資産が減っていく愚かな様を、洒落て当てた言葉とも言われています。

昔、この大たわけが、戦国の覇者となり天下統一を目指しました。織田信長です。
若き日、信長は「うつけ」「たわけ」と呼ばれて、家臣に疎まれました。
しかし、乱暴や狼藉を働く無法者と思われつつも、農民や側近たちは、
「歌舞伎者」と呼び、信長に共感と愛着を持っていたように思います。

歌舞伎者とは、異風を好み、派手な身なりで、
「うつけ」「たわけ」と見られがちですが、
どこか、内に秘めた器の大きさが計り知れない
そんな人間の事に思えてなりません。




1979年(昭和54年)9月。松田優作主演のドラマ「探偵物語」放送開始。
松田優作演じる私立探偵・工藤俊作が、様々な事件を捜査していくドラマでした。
松田優作の風貌や、主演映画「蘇える金狼」「野獣死すべし」を見てしまうと、
「探偵物語」をバリリバリのハードボイルド・アクションと想像してしまいますが、
いやいや…ハードボイルドな面もありつつ、コミカルなアクションと
台本なのか?アドリブなのか?分からない、
出演者との掛け合いが、独特の世界観を作り出していました。


そして、何より見た目ですよ(笑)当時、こんな格好の奴はいないよ~と思いましたね。
誰が見ても、街に溶け込まないマフィアのようなファッション(笑)
そして、タバコは舶来が珍しい時代に、ラクダのキャメル。
着けるライターは、1975年に発売され、浸透していた100円ライターではなく、
カルティエのライターで、それも常に火力全開(笑)
みんな真似して、一度は前髪を
焦がしたんじゃないでしょうか?


移動と言えば、ハーレーダビッドソンに乗ればいいものを、スクーターですよ(笑)
1976年、ホンダ・ロードパル。1977年、ヤマハ・パッソルの発売で、
主婦や女性層に50ccスクーターブームが起きていました。
しかし、探偵・工藤俊作が乗るスクーターは、150cc。
原付ではなく、中型自動二輪の免許が必要なんです。
そして、スクーターのメイカーは「ベスパ・P150X」。
名画「ローマの休日」で、グレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーンが、
ローマ市内を二人乗りした、あのベスパ(125cc・V30T)です。
150ccと言う中途半端さを感じつつも、ローマの休日のベスパですよ~(笑)

ブラウン管の中に居る工藤俊作は、「うつけ」「たわけ」とは違います。
「歌舞伎者」のイキの良さを感じて、見ていたのを覚えています。


時々、探偵物語の工藤俊作を真似するタレントがいますが、
ただ笑われているだけの、馬鹿馬鹿しさしか感じません。

松田優作という稀代まれな俳優がいて、成り立つ「探偵物語」でしたね。
松田優作演じる工藤俊作に笑わせてもらいもしました。
そして、あんな風に、人に笑われるのも格好いいよねぇ~。と、
思わせてくれる男でもありました。

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| 1979年(昭和54年) | 15:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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