[昭和36年]ハナ肇とクレージーキャッツの「スーダラ節」

スーダラ節

夢や希望をを与えてくれる人も大事ですが…
現実の厳しさや苦しさを、面等向かって言い切る人も大事ですね。
人は、罪を犯しやすく、腐りやすい弱い面を持っています。
方や「駄目で元々、失敗したらごめんなさいよ」と、
楽天的に振る舞える強さや、大らかさを持っているのも人間です。


戦後、遮二無二働いた日本は、1956年(昭和31年)7月、
発表された経済白書で「もはや戦後ではない」との結びの言葉を受けて、
日本の復興が完了したこと告げました。
設備投資主導型の高度経済成長第一期は、1961年12月まで続き、
輸出・財政主導型の高度経済成長第二期へ突入します。

自分を律しながらも、毎日ちびちび呑んでいたお父さんたちのお酒も…
ちょっと一杯のつもりで呑む内に、いつの間にやら、はしご酒に変わり、
羽目を外し始めた時代が、60年代かもしれません(笑)

1961年(昭和36年)8月。ハナ肇とクレージーキャッツ、「スーダラ節」発売。



…チョイト一杯の つもりで飲んで
…いつの間にやら ハシゴ酒
…気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝
…これじゃ身体に いいわきゃないよ
…分かっちゃいるけど やめられねえ

無責任極まりないこの歌ですが、当の植木等さん自身も
「こんな歌がヒットするようでは悲しいなぁ~」と言ったとか…(笑)
しかし、流行歌とは、時代を反映してヒットするものですね。
曲は大ヒットし、昭和の時代を代表する流行歌となりました。


様々な過ちや横道に反れながら、自らを悪人である自覚し、
無力さや弱さを悟りながら生きる考えを「悪人正機」と言います。
植木等さんのお父さんは、浄土真宗の僧侶だと言います。
親鸞の教えに通じるこの曲を「必ずヒットする」と励ましてくれたそうです。

…善人なおもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや(歎異抄:親鸞)

だめだと分かっていながらも、やってしまうのが人間。
分かっているなら、やらなきゃいいだろ~って話ですが…
いやはや、そんな簡単にはいきません(汗)
しかし、そんな無責任さを人間らしさと捉えるなら、やっと日本人が
敗戦の傷から癒え、人間らしさを取り戻した瞬間だったのかもしれません。

無責任と揶揄されながらも、大ヒットしたのは、
人の本質を突いた歌だったからでしょうか。

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  • 2019/07/02 (Tue) 23:05
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